「批評する側」から「支える側」へ立ち位置を変えて見たい
私は農業新聞の記者として、長い間JAを取材してきた。営農現場、直売所、組合長の会見、行政との折衝、農政の波、現場の不満と期待。JAを取り巻く光も影も、ある程度は見てきたつもりだ。
だから、「JAとは何か」を私は知っている。制度も、組織構造も、地域ごとの性格の違いも、農家がJAに求めるものも、距離を置いて観察してきた。
ただし、そこには決定的な欠落があった。私は“当事者”ではなかったということだ。
今回、私はJAいちかわで准組合員になった。農家ではない会社員として。
これは「JAを知らないから入った」のではない。むしろ逆で、知っているからこそ“立ち位置”を変えてみた。
「JA=自民党」「農政を牛耳る」…世間の声を、私は取材で聞いてきた
ここは誤解が起きやすいので明確にしたい。
私自身が“よくないイメージ”だけを持っていたわけではない。
記者として、私は世間からの声として
そして、その背景が「単なる偏見」だけではないことも知っている。
JAが政策に影響力を持ってきたのは事実だし、農政は票と密接につながる。制度設計上、JAは“農業の現場を束ねる最大の団体”であり、政策に関与しやすい構造を持っている。
ただ、同時にこうも思っていた。
JAが強いのは、農業が’弱い’からだ。
個々の農家が市場や政策の波に単独で耐えられるほど、日本の農業環境は甘くない。だからこそ共同組織が必要になり、結果として政治との距離も近くなる。
“強さ”は批判の的になりやすい。
でも、その強さは、農業が置かれた構造的弱さの裏返しでもある。
記者の視点は「外からの正しさ」。准組合員は「内側の現実」
記者時代の私は、言ってしまえば「外側に立つ批評者」だった。
公平性、客観性、対立する主張の並列。矛盾の指摘。透明性の追求。
もちろん、それは重要だ。
JAに対する批判を取り上げるのも仕事だったし、改善を促す記事も必要だ。
でも、JAに入ってみて痛感したのは、
外から見える“制度”と、内側にある“暮らしの連結”は別物だということ。
JAは金融も共済も営農も販売も抱える。
これは批判されやすい「巨大組織」でもあるが、現場にとっては「生活インフラ」でもある。
取材してきた時は、私は“説明される側”だった。
いまは“支える側”として関わることで、JAの役割をもう少し立体的に見たいのだ。
なぜ私が、准組合員になったのか
それは「食の当事者」に戻るため
都会で暮らすと、食はどうしても「買うもの」「選ぶもの」になりやすい。
けれど食は本来、土地と季節と労働の結晶だ。
准組合員になることで私が得たのは、特典というより接続だった。
直売所で野菜を見る視点が変わる。天候のニュースが“他人事”ではなくなる。価格の上下に理由を探すようになる。
そして今回、JAいちかわで準組合員になり、新米をいただいた。
象徴的な出来事だった。お米は、政治でも制度でもなく、まず生活だ。
“食を支える”という言葉が、観念ではなく体温として戻ってきた。
JAに関わるメリットは「地産地消」だけじゃない
都会の消費者が“構造”を理解する入口になる
メリットは直売所の利用や地産地消だけではない。もっと踏み込むなら、こう言いたい。
準組合員は、農業と社会をつなぐ翻訳者になれる。
農家の論理と、消費者の論理はずれやすい。
農家は「再生産できる価格」を求める。
消費者は「安さ」を求める。
行政は「制度設計」を語る。
政治は「支持」を求める。
このズレの間に立って、理解をつなぐ役割が必要になる。
そしてそれは、本来“農業の外側”にいる人が担える領域でもある。
都市住民が準組合員としてJAに関わることは、
「農家を助けるため」という善意だけではなく、
国土の維持・食料安全保障・地域経済を自分ごととして扱うための現実的な手段になる。
「JAの一員として関わりたい」—それは批判をやめることではない
ここが一番大事。
JAに入ったからといって、JAを無条件に肯定したいわけではない。むしろ逆で、私は記者としての視点を手放さない。
ただ、今後はこう変わる。
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外から「批判する」だけで終わらせない
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内側から「改善に加わる」選択肢を持つ
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取材で見てきた“課題”を、暮らしと地域の言葉に翻訳する
つまり、立ち位置を変えたことで、JAを語る責任が増えた。
JAは完璧な組織ではない。
けれど、食と農を支える現場がある。
そしてその現場を、都会の私たちが「遠いもの」にしてしまったとしたら、困るのは未来の自分たちだ。
記者の目を持ったまま、税理士の卵として当事者として関わる
私はこれまで、JAを第三者として見てきた。
これからは、JAの一員としても関わっていきたい。
それは“立場を変えて擁護する”という意味ではない。
現場の価値を理解しつつ、課題も見逃さず、参加するということだ。
JAの准組合員という立ち位置は、会社員の私にとって、
「食を語る資格を取り戻す」ような感覚に近い。
食を支える仕組みは、誰かのものではなく、私たちのものだ。
だから私は、JAに「入った」。
JAとは何か――制度ではなく「地域に根を張った装置」
JA(農業協同組合)は、しばしば
「巨大組織」「農政と近い」「わかりにくい存在」
として語られがちだ。
しかし、現場を見てきた立場から言うと、JAとは**制度そのものではなく、地域に組み込まれた“装置”**だと思っている。
農産物の販売、資材の供給、金融、共済。
一見すると何でも屋に見えるが、これは農業が「生産だけでは成り立たない産業」だからだ。
天候リスク、価格変動、資金繰り、後継者問題。農家が一人で背負うには重すぎる現実を、共同で支える仕組みとしてJAは存在してきた。
私は農業新聞の記者として、JAを「取材対象」として見てきた。
会議室での議論、政策対応、農政との距離感。
だが同時に、JAは常に地域の生活の延長線上にもあった。
その象徴が、JA直売所だ。
JA直売所は「食と農が交わる場所」
JA直売所は、単なる野菜の販売所ではない。
農家と消費者が、顔の見える距離でつながる場だ。
私がよく通ったのは、愛知県大府市にある
JAあぐりタウン げんきの郷。
全国的にも知られる人気のJA直売所だ。
ここに通っていた理由は、単なる「買い物」ではない。
かつての同僚の、今は亡き父親が、この直売所の経営に深く関わっていたからだ。
取材を通じて、そして一人の生活者として、私は見てきた。
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朝から行列ができる
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高齢者だけでなく、若い家族連れが集まる
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地元の野菜や加工品を目当てに、遠方からも人が来る
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周辺に人の流れが生まれ、地域が動き出す
大きな直売所は、人を呼ぶ。人は地域を動かす。
これは理屈ではなく、目の前で起きていた事実だ。
直売所は「農業のショーケース」であり、地域の広場
記者として直売所を見てきて感じたのは、
JA直売所は農業のショーケースだということだ。
・どんな作物が、どんな季節に、どんな顔で並ぶのか
・天候不順の年は、棚がどう変わるのか
・価格が上がる時、下がる時、そこに理由はあるのか
それらが、説明されなくても“見ればわかる”。
さらに直売所は、単なる売買の場ではない。
イベント、試食、加工品、食堂。
農と食が交わり、人が立ち止まり、会話が生まれる。
私は以前から、直売所を**「地域の広場」**だと感じてきた。
農家だけの場所でも、消費者だけの場所でもない。
その中間にある、数少ないリアルな接点だ。
都会に住む人こそ、JA直売所に足を運ぶ意味がある
都会に住んでいると、食はどうしても匿名化される。
誰が作ったのか、どこで育ったのか、考えなくても困らない。
でも、直売所に行くと違う。
・生産者名が書いてある
・同じ野菜でも形や大きさが違う
・旬のものが一斉に並ぶ
それだけで、食は「商品」から「営み」に戻る。
子どもを連れて行けば、なおさらだ。
直売所は、教科書のいらない食育の場になる。
私は、こうした場所を大事にしたいとずっと思ってきた。
取材してきたからこそ、今は「一員」として関わりたい
これまで私は、第三者としてJAを見てきた。
評価し、批判し、構造を分析する立場だった。
だが今は違う。
JAに関わり、生活者として直売所を使う。
その立ち位置に立って、改めて思う。
JA直売所は、農業の未来を支える最前線だ。
政治や制度の議論は、どうしても抽象的になりがちだ。
だが直売所には、今日の売り場があり、今日の消費があり、今日の農家の顔がある。
私はこれから、
「記者としての視点」を持ったまま、
「JAの一員として」、この場所を見続けていくし、税理士になる者として専門家の立場でも支えていきたいと思っている