先日、高校の同窓会がありました。
久しぶりに演劇部の仲間と再会する機会でした。
場所は、まさかの原宿!です。娘もつれて、みんなとの合流前に竹下通りでしなこちゃんの店をみたり、シール帳を買ったりとトレンドに触れてみました。
高校時代の私たちは、とても尖っていました。
将来のことを真剣に語り合い、「東京に出たい」「地元(静岡)には残りたくない」など、それぞれが自分の人生をどう生きたいかを強く主張していた記憶があります。
演劇部ということもあってか、どこか表現者気質というか、みんな個性的で、自分の考えを持っていました。舞台づくりに夢中になり、文化祭の演出を夜遅くまで話し合ったり、役作りについて熱く議論したり。あの頃は、未来はまだ白紙で、「何かになりたい」というエネルギーが溢れていたように思います。
そんな仲間たちと、40代になって再会しました。
もちろん久しぶりに会う友人たちとの時間はとても楽しく、近況を聞き合うだけでもあっという間に時間が過ぎました。仕事の話や家庭の話、健康の話など、話題はさまざまです。
その中で、一人の友人が会計事務所で働いていることがわかり、思わず二人で笑ってしまいました。
「確定申告前で大変だよね」
そんな会話が自然と出るのも、この時期ならではです。同じ業界にいる者同士、忙しさの感覚はよくわかります。
ただ、その同窓会で少し意外に感じたことがありました。
多くの人の話を聞いていると、どこか落ち着いた雰囲気というか、「これから何か新しいことをする」というよりは、「この先は穏やかに過ごしたい」という空気が強かったのです。
「もうあとは余生をゆっくり過ごしたいかな」
そんな言葉も聞こえてきました。
もちろん、それ自体は悪いことではありません。
人それぞれ、人生の価値観は違います。穏やかな生活を大切にすることも、とても自然なことです。
ただ、正直に言うと、私は少しだけ寂しい気持ちにもなりました。
高校・大学時代の彼女たちは、もっと尖っていました。
もっと挑戦的で、「自分はこう生きたい」という思いを強く持っていたように思うからです。
年齢を重ねると、人は落ち着いていくものなのかもしれません。
現実を知り、生活を守り、責任も増えていきます。そうした中で、大きな夢を語る機会は少なくなっていくのかもしれません。
「目標があるの、すごいね」
そんな言葉を掛けられたのです。
私は今、税理士資格を目指して勉強しています。
4月からは大学院にも進学します。
自分では、「まだ途中だし、全然大したことない」と思っていたのですが、友人たちの話を聞いていると、多くの人は
・忙しい毎日
・仕事や家庭
・現実的な生活
の中で、「新しい目標を持つこと」自体が少なくなっているようでした。
「夢があっていいね。あなたを見て希望を持てたよ」
そんなふうに言ってくれる友人もいました。
少し驚くとともに、なにか気恥ずかしい感じもありました。
もしかすると、
40代で夢や目標を持っている人は、思っているより少ないのかもしれない。
もしそうなら、
夢や目標を持つことは、年齢に関係なくできることなのだと。
私は、思うのです。
何歳になっても、人はチャレンジできるのではないか、と。
むしろ40代という年齢は、経験もあり、社会も知り、その上で新しいことに挑戦できる時期でもあります。若い頃のような勢いだけではなく、現実的な判断力や知識もある。だからこそ、より具体的な形で「次の人生」を設計できるのではないでしょうか。
私は今、勉強を続けています。
まだ途中で、決して簡単な道ではありません。
それでも、目標があるということは、とても幸せなことだと思っています。
そして同時に、こういう社会であってほしいとも思います。
年齢に関係なく、
人が学び、挑戦し、成長できる社会。
「もうこの年だから」とあきらめるのではなく、「まだできる」と思える社会です。
そして願わくば、そういう環境の職場も作っていきたい。
人が挑戦できる場所。
学び続けられる場所。
年齢に関係なく成長できる場所。
同窓会の帰り道、そんなことを考えていました。
人生は、いつからでも設計し直せる。
そう信じて、これからも前に進んでいきたいと思っています。
◇私が40代で税理士を目指すことになった理由は、また別の記事にあります
農業記者から税理士を目指す理由|18年の取材で見えた「お金」と暮らしの現実 - シジュウカラの社会note