SOKKA! ーシジュウカラの社会noteー

「わからない」を「SOKKA!」へ。 40代からの挑戦は、意外と面白い。 このブログでは、税金・会計・経営・AI・大学院での学びなど、難しく感じるテーマを「なるほど!」と思えるよう、実体験を交えてわかりやすく発信しています。 元農業新聞記者、会計事務所勤務。税理士試験3科目合格、税法免除大学院で研究中。 仕事も、お金も、学びも、人生も。40代からの挑戦を支える「生活OS」を、一緒にアップデートしていきましょう。YukaShibasaki

40代からの挑戦は意外と面白い。学び直しと、会計・税務・暮らしのヒント。
「そっか!」と思える視点を届けるブログです。

【生活最適化へ】人生も経営!責任と権限の不一致からの決断

最近、副業先で担っていた教育業務を段階的に終了することを決めました。

信頼できる知人に事情を相談や説明すると、

「人間関係で揉めたのですか」

「仕事が嫌になったのですか」

と聞かれることがあります。

どちらも違います。

むしろ、仕事そのものは嫌いではありません。

ただ、大学院生活が始まって2か月が経過し、自分の人生全体を見直した結果、一つの結論にたどり着きました。

それは、

「今の私にとって最も希少な経営資源は時間である」

ということです。

そして、その時間をどこに配分するのかを考えた結果、教育業務を手放すことにしました。

今日はその理由について書いてみたいと思います。


人生を会社経営と同じように考える

私は現在、会計事務所に勤務しながら大学院で税法を研究しています。

仕事柄、中小企業の経営者と話す機会が多くあります。

経営者は常に資源配分を考えています。

人を採用するのか。

設備投資をするのか。

広告費を増やすのか。

借入をするのか。

限られた資源をどこに投入するのかによって、会社の未来が変わるからです。

ところが不思議なことに、自分自身の人生については、この発想を忘れてしまう人が少なくありません。

私もその一人でした。

頼まれた仕事は引き受ける。

面白そうなことはやってみる。

困っている人がいたら助ける。

それ自体は悪いことではありません。

しかし、それを続けていると、いつの間にか自分の経営資源が枯渇していきます。


大学院は「時間投資型」の事業だった

大学院に入学する前、

私はある程度の忙しさは覚悟していました。

しかし実際は想像以上でした。

授業に出るだけではありません。

論文を読む。

判例を読む。

文献を探す。

研究テーマを絞る。

レポートを書く。

指導教員との面談準備をする。

研究というのは、資格試験とは異なる種類の負荷があります。

答えがありません。

テキストもありません。

自分で問いを立て、自分で調べ、自分で考えなければなりません。

これは非常に時間がかかります。

そのため私は生活リズムを大きく変えました。

夜更かしをやめました。

子供と一緒に寝ます。

朝5時に起きます。

そして研究します。

この時間が、今の私の競争優位になっています。


副業先で起きていたこと

そんな中で、副業先の仕事についても考えるようになりました。

私の役割は教育係でした。

しかし実態は少し違いました。

教育だけではありません。

月次の品質確認。

帳簿のレビュー。

給与計算の確認。

会計処理の相談。

業務改善の助言。

気が付けば、

「教育係」

というより、

「会計管理者」

に近い仕事になっていました。

ところが、ここに一つの問題がありました。

私は管理者ではないのです。


責任と権限は一致しているか

経営学には古典的な原則があります。

責任と権限は一致しなければならない。

責任だけ与えられても成果は出ません。

逆に権限だけ与えられても暴走します。

両者が一致して初めて組織は機能します。
今回の件でいえば

  • 採用権なし
  • 人事権なし
  • 決定権なし

つまり

責任と権限が一致しない。

 

ところが現場では、しばしば責任だけが増えていきます。

 

これは企業だけではありません。

個人でも同じです。

例えば、

子育て。

介護。

地域活動。

副業。

資格勉強。

大学院。

どれも重要です。

しかし、すべてを引き受けていると、最終的には自分自身がボトルネックになります。


システム導入では解決しない

最近はDXという言葉が流行っています。

会計ソフトを入れれば解決する。

AIを使えば解決する。

クラウドを導入すれば解決する。

しかし私は会計の現場で何度も見てきました。

本当の問題はシステムではありません。

意思決定と判断です。

誰が決めるのか。

誰が責任を持つのか。

ここが曖昧なままでは、どれだけ優れたツールを導入しても成果は出ません。

AIも結局はツールでしかない。

それをつかいこなせるのか。

ハルシネーションを察知して修正ができるのか。その判断はあっているか。

AIを育てられるのか。

 

これは個人の人生も同じです。

タスク管理アプリを入れても解決しません。

Notionを導入しても解決しません。

まず、

「何をやらないか」

を決めなければならないのです。


40代からは足し算ではなく引き算

20代、30代は足し算の時期です。

経験を積む。

挑戦する。

失敗する。

人脈を作る。

たくさんのことを試す。

これは重要です。

しかし40代になると状況が変わります。

時間は有限です。

体力も有限です。

だからこそ、

「選択と集中」

が必要になります。

企業経営でよく使われる言葉ですが、個人にもそのまま当てはまります。


私が手放したもの

今回、私が手放したのは教育業務です。

もちろん収入は減ります。

肩書もなくなります。

頼られる機会も減るかもしれません。

しかし、その代わりに得られるものがあります。

研究時間です。

思考時間です。

将来の税理士としての専門性です。

私はこれらの方が長期的なリターンが大きいと判断しました。


梅仕事もポートフォリオで考える

今年は庭の梅が豊作でした。

完熟梅を収穫しました。

ピュレも作りました。

梅ダージリンも作りました。

シロップ用の梅も仕込みました。

全部やろうと思えばできます。

しかし時間には限界があります。

だから選びます。

人生も投資ポートフォリオと同じです。

時間という資産を、

どこに投資するのか。

何に集中するのか。

それを考えることが重要です。


生活最適化という経営戦略

私は最近、「生活最適化」という言葉をよく使います。

企業には経営戦略があります。

では個人にはないのでしょうか。

そんなことはありません。

個人にも戦略が必要です。

どこで働くのか。

何を学ぶのか。

誰と付き合うのか。

何を捨てるのか。

それらはすべて戦略です。

大学院の課題が増えたから仕事を手放した。

表面的にはそう見えるかもしれません。

しかし本質は違います。

私は人生の経営資源を再配分しただけなのです。


おわりに

組織の最適化は難しい。

人は簡単には変わりません。

組織も簡単には変わりません。

しかし、自分自身の資源配分は変えられます。

私はこれからも組織について考えるでしょう。

経理について考えるでしょう。

研究も続けるでしょう。

しかしその前に、

まず自分自身の経営を整える。

それが今の私の優先順位です。

40代になって思うのは、

人生は「何を手に入れるか」ではなく、

「何を手放すか」で決まる場面が増えるということです。

そして、その引き算こそが、次の成長のための余白になるのだと思っています。