SOKKA! ーシジュウカラの社会noteー

「わからない」を「SOKKA!」へ。 40代からの挑戦は、意外と面白い。 このブログでは、税金・会計・経営・AI・大学院での学びなど、難しく感じるテーマを「なるほど!」と思えるよう、実体験を交えてわかりやすく発信しています。 元農業新聞記者、会計事務所勤務。税理士試験3科目合格、税法免除大学院で研究中。 仕事も、お金も、学びも、人生も。40代からの挑戦を支える「生活OS」を、一緒にアップデートしていきましょう。YukaShibasaki

40代からの挑戦は意外と面白い。学び直しと、会計・税務・暮らしのヒント。
「そっか!」と思える視点を届けるブログです。

収入が減ったら、脳の固定費が減った話

収入減は、ただのマイナスなのか

最近、本業では時短勤務となり、副業先での仕事も縮小することになりました。

当然、収入は減ります。

普通に考えれば、これはマイナスです。

大学院の学費もあります。子どももいます。将来の独立準備もあります。だから、収入が減ることに不安がないと言えば嘘になります。

少し前の私なら、「収入が減る」「役割が減る」「評価されなくなる」と、かなり落ち込んでいたと思います。

しかし不思議なことに、最近の私は以前より少し心が軽いのです。

なぜだろうと考えていて、ある言葉が浮かびました。

「脳の固定費」が減ったのではないか。

家計の固定費だけでなく、脳の固定費も見直す

以前、時短勤務で年収が下がったとき、私は家計の固定費を見直しました。

通信費、保険、サブスク、日々の支出。

収入が減るなら、固定費を見直す。

これはとても自然なことです。

でも最近気づきました。

見直すべきだったのは、家計の固定費だけではなかったのです。

私の脳にも、固定費がかかっていました。

家計の固定費は、毎月銀行口座から引き落とされます。

一方で、脳の固定費は目に見えません。

しかし、確実に私たちの思考力や集中力を削っています。

気になる案件。

未完了の仕事や人間関係。

評価への不安など

実際に作業していない時間にも、頭の中で静かに動き続けています。

副業先の仕事に使っていた時間

副業先の教育係に集中していた頃、実際に拘束されるのは週に1日から2日程度でした。

時間にすると、週15時間前後になることもありました。

表面的にはわずかな「副業収入」でした。

でも、その時間で本当は何ができただろう。

ブログを何本書けただろう。

AIの実験をどれだけできただろう。

WEB集客の仕組みをどれだけ考えられただろう。

大学院の研究をどれだけ進められただろう。

税理士として独立するためのサービス設計を、どれだけ練ることができただろう。

そう考えると、これは単なる収入減の話ではありません。

時間という資産を、どこに投資していたのかという話です。

月数万円の収入を得ていた一方で、私は自分の未来を考える時間を手放していたのかもしれません。

もちろん、その仕事に価値がなかったわけではありません。

実務も学びました。

教育の難しさも学びました。

組織の中で人に任せることの難しさも、身にしみて分かりました。

でも、人生の時間は有限です。

今の私にとって、その時間をこれからも同じ場所に投資し続けることが、本当に最適なのか。

そう考えるようになりました。

ワーキングメモリを占有していたもの

時間以上に大きかったのが、脳のワーキングメモリの消耗でした。

教育係の仕事は、実働時間だけで終わりません。

売上は正しく入力されているだろうか。

給与計算は大丈夫だろうか。

freeeの設定はどうなっているだろうか。

パートさんは困っていないだろうか。

あの件は税理士に確認されたのだろうか。

こうした気がかりが、頭の片隅に常駐していました。

パソコンを閉じても、休日になっても、完全には消えない。

これはまるで、スマホのバックグラウンドでアプリが動き続けているような状態でした。

表面上は休んでいるつもりでも、脳のメインメモリが知らないうちに使われていたのです。休日に飛んでくるLINEに、なんだかんだで思考もマインドも引っ張られていたと思うのです

 

人間の脳は、未完了のタスクを完全には忘れてくれません。

「あとで確認しなければ」
「大丈夫だろうか」
「あの人に聞かれるかもしれない」

そうした小さな気がかりが積み重なると、目の前のことを考える余力が削られていきます。

評価という固定費

さらに大きかったのが、「評価」という固定費です。

時短勤務になったこと。

役割が変わったこと。

10歳以上若い人が上司になること。

正直、ショックはありました。

私は税理士試験に挑戦し、大学院にも進学しています。

それでも組織の中では、以前とは違う位置づけになっていく。

どう見られているのだろう。

どう評価されているのだろう。

私は扱いにくい存在なのだろうか。

そうした思考もまた、脳の固定費でした。

そういう気持ちは、なかなか簡単には手放せません。

でも、私はそもそも何のために学び直しているのか。

何のために税理士試験を受け、大学院へ進学しているのか。

組織の中で評価されるためではなく、自分の名前で仕事をしていくためだったはずです。

そう考えると、評価に使っていたワーキングメモリも、少しずつ手放していいのではないかと思うようになりました。

空いた余白に入ってきたもの

副業先の仕事が縮小し、本業でも自分の立ち位置が見えてきたことで、少しずつ頭の中に余白が戻ってきました。

すると、不思議なことが起きました。

新しいことが面白くなってきたのです。

AIを使った試験対策。

ブログからワークショップへつなげる仕組み。

無料PDFの配布。

メールアドレス登録。

WEB集客。

将来の事務所づくり。

今までなら、そこまで深く考えられなかったことが、急に頭に入ってくるようになりました。

最近読んだ内田博史さんの本もそうです。

 

 

正直、上巻はあまり刺さりませんでした。(悪?の自慢?でも営業は250件に1件という確率統計の話で解決できるという話は納得。)

 

でも下巻は違いました。

WEB集客、導線設計、無料コンテンツの活用。

気がつけば、かなり前のめりに読んでいました。

本が変わったのではありません。

私の関心が変わったのです。

以前の私は、人の会社の業務をどう回すかを考えていました。

でも今は、自分の仕事をどう作るかを考えています。

自分の価値を、どう届けるか。

ブログから、どう人とつながるか。

そのために、AIやPDFやメール登録をどう使うか。

そういう問いが、自然に入ってくるようになりました。

収入ではなく、投資先が変わった

つまり私は、収入の一部を失った代わりに、ワーキングメモリを取り戻したのかもしれません。

人生は有限です。

ライフタイムは限られています。

私は、自分の人生を自由に生きるために独立を目指しています。

それなのに、なぜいつまでも人の畑を耕していたのだろう。

もちろん、その経験に意味がなかったとは思いません。

会計実務も、教育も、組織の難しさも、たくさん学びました。

でも、これからは自分の畑を耕したい。

ブログを書く。

研究する。

AIを試す。

ワークショップを考える。

自分の名前で仕事を作る。

今すぐ大きな収入にはならないかもしれません。

でも、こちらの方が長期的なリターンは大きいのではないか。

最近はそう感じています。

脳の固定費を減らすと、未来を考えられる

家計の固定費を見直すように、脳の固定費も見直す。

お金の投資先を考えるように、時間と思考の投資先を考える。

そうすると、収入が減ったことさえ、単なるマイナスではなくなります。

これは、投資先を変えるタイミングだったのかもしれません。

他人の事業を支える時間から、自分の事業を育てる時間へ。

組織内評価を気にする時間から、市場に向けて発信する時間へ。

人の畑を耕す時間から、自分の畑に種をまく時間へ。

そして実際、心が軽くなっています。

ブログを書こう。

AIを試そう。

PDFを作ろう。ワークショップを考えよう。

そんなふうに、未来に向けた言葉が自然に出てくるようになりました。

以前なら、目の前の対応で精一杯だったかもしれません。

でも今は少し違います。

頭の中に、未来を置く場所ができたのです。

おわりに

役割が減ることは、少し寂しいです。

でも、それと同時に、脳の固定費が減ることもあります。

気がかりが減る。

評価への執着が減る。

未完了のタスクが減る。

すると、思考の余白が戻ってくる。

その余白に、自分の未来を入れることができる。

最近の私は、それを少しずつ実感しています。

40代からの挑戦は、意外と面白い。

いま私は、その言葉を自分自身で確かめているところです。