「教育担当を付けたのに社員が育たない。」
「仕事を任せたのに、思うように成果が出ない。」
このような悩みを抱えている中小企業の経営者や管理職の方は少なくないのではないでしょうか。
人材育成というと、「教え方」や「本人の能力」に目が向きがちです。しかし、大学院で人材マネジメントを学びながら、約1年間、副業先で経理教育を担当した経験を振り返ると、本当の課題は教育方法だけではなく、組織設計そのものにあると感じました。
今回は、現場での経験をもとに、「人が育つ組織」とは何かについて考えてみたいと思います。
教育担当を任せても、教育の仕組みは存在しなかった
教育係を担当することになりましたが、どこまでいつまでに教育するのか社の目標が存在しなかったことです。
何を教えるのか。
どの順番で教えるのか。
どこまで習得すれば教育完了なのか。
これらは明文化されておらず、その都度資料を作成しながら教育を進めました。
もちろん、現場では担当者の工夫も必要です。
しかし、人材育成が担当者個人の経験や能力だけに依存してしまうと、担当者が変われば教育品質も変わります。
組織全体で教育品質を維持するための仕組みとして目標の設定が必要と改めて感じました。
権限がなければ仕事は前に進まない
業務を進める中で、さらに考えさせられる出来事がありました。
ある日、社内で一部データへのアクセス権限が変更されました。
情報セキュリティを強化するという目的だったのだと思います。
しかし、現場への十分な説明や代替案の共有はありませんでした。
教育担当としては、過去の処理内容や顧問先情報を確認しながらレビューや指導を行うことが日常業務です。
ところが、必要な情報へアクセスできなくなったことで、その都度内部の担当者へ確認しなければならず、レビュー業務や教育業務の効率は大きく低下しました。
担当者の能力が変わったわけではありません。
変わったのは、「仕事を遂行する環境」です。
仕事を任せるのであれば、その仕事を遂行するための情報や権限も同時に整備することが組織の責任なのだと感じました。
社内の制度変更は顧客サービスにも影響する
その後、さらに印象的な出来事がありました。
外部顧問先のデータについてもアクセス権限が変更されていましたが、そのことについて事前の周知はありませんでした。
顧問先を訪問し、必要なデータを確認しようとした際、初めてアクセスできないことが判明したのです。
その結果、その場で予定していた業務を完了できず、お客様に事情を説明し、貴重な時間をいただいたうえで後日対応することになりました。
担当者として最も申し訳なく感じたのは、社内の制度変更によって、お客様にご負担をお掛けしてしまったことです。
組織内部の制度変更は、決して社内だけの問題ではありません。
その影響は最終的に顧客サービスの品質として現れます。
制度変更を行う際には、
- 現場業務への影響
- 顧客対応への影響
- 代替手段の整備
- 十分な事前周知
まで含めて設計する必要があることを痛感しました。
ただ、今回の経験を通して、情報セキュリティについても改めて考えさせられました。
情報セキュリティというと、「情報を見せない」「アクセスを制限する」と考えがちです。
しかし、情報セキュリティには「CIA」という基本的な考え方があります。
- 機密性(Confidentiality):情報を見せてはいけない人には見せないこと
- 完全性(Integrity):情報が正しく保たれていること
- 可用性(Availability):必要な人が、必要なときに情報を利用できること
今回のケースでは、情報を守るという点は強化された一方で、業務に必要な担当者が必要な情報を確認できず、仕事が滞ったり、お客様への対応が遅れたりする場面がありました。
情報を守ることはもちろん重要です。しかし、業務を止めないこと、顧客へ適切なサービスを提供できることも同じくらい大切です。
情報セキュリティとは、「情報を守ること」と「必要な人が必要な情報を使えること」の両方をバランスよく実現することなのだと、今回の経験を通して学びました。
評価基準がなければ人は成長できない
今回、もう一つ課題だと感じたのは、教育担当としての評価基準が存在しなかったことです。
教育担当という役割は与えられました。
しかし、
- 何を目標とするのか。
- どの状態になれば教育完了なのか。
- どのような基準で成果を評価するのか。
これらは一度も明確になりませんでした。
人材マネジメントでは、
目標設定(Plan)
↓
実行(Do)
↓
評価・フィードバック(Check)
↓
改善(Action)
というマネジメントサイクルが重要とされています。
評価とは査定ではありません。
期待される役割を明確にし、その達成状況を振り返り、次の成長につなげるための仕組みです。
評価基準がなければ、担当者も組織も「何ができていて、何を改善すべきか」を判断できません。
具体的には、経理業務でいえば、交際費についての判断をすることができる、軽8%の消費税区分の判定ができる、などです。
人材育成で本当に必要なのは「仕組み」
大学院で人材マネジメントを学びながら今回の経験を整理すると、人材育成には少なくとも四つの要素が必要だと感じました。
①目標を設定する
何を期待しているのかを明確にする。
②必要な権限と環境を与える
情報、ツール、判断権限など、仕事を遂行できる環境を整える。
③教育を標準化する
教育マニュアルや業務フローを整備し、担当者が変わっても一定の品質を維持できるようにする。
④評価し、改善する
成果を振り返り、改善を積み重ねる。
私は今回、
成果=個人の能力 × 組織環境
という言葉の意味を、実務を通して実感しました。
人が育たない原因を本人だけに求める前に、組織として改善できることは少なくないのではないでしょうか。
「仕組み」は作って終わりではない
今回、大学院で学んだ内容と実務経験が重なったのは、「制度は作ることがゴールではない」という点です。
教育マニュアルを整備する。
評価制度を導入する。
権限を見直す。
これらはスタートに過ぎません。
実際に運用してみると、想定どおりに機能しないこともあります。
だからこそ重要なのは、
- 現場の声を聞く。
- 運用状況を確認する。
- 小さな改善を積み重ねる。
という継続的改善です。
制度は、運用しながら組織に合わせて育てていくものです。
組織は常に変化しています。
だからこそ、人材マネジメントも完成形はなく、改善を続けることが重要なのだと感じました。
将来、自分が組織をつくるので
私は将来、税理士として独立し、自ら事務所を経営したいと考えています。
今回の経験を通して、自分が目指したい組織像も少し見えてきました。
仕事を任せるのであれば、
- 目標を共有する。
- 必要な権限を与える。
- 教育マニュアルを整備する。
- 評価とフィードバックを行う。
- 制度変更時には現場と顧客への影響を考える。
- そして、制度を運用しながら改善し続ける。
こうした基本を大切にしたいと思います。
組織マネジメントとは、人を管理することではありません。
人が能力を発揮できる環境を設計し、その仕組みを運用し、改善し続けること。
その積み重ねが、働く人の成長と顧客への価値提供の両方につながるのだと、今回の経験を通して実感しました。
【経営者・管理職向け】人材育成チェックリスト
人材育成や組織づくりを考える際、次の項目を一度チェックしてみてはいかがでしょうか。そんなことはできないよ、ではなく、内容を見て意識するだけで、変わります。
☐ 教育の目的・ゴールは明文化されていますか?
☐ 担当者に必要な権限や情報アクセス権を与えていますか?
☐ 教育内容が担当者個人の経験だけに依存していませんか?
☐ 制度変更を行う際、現場への影響を事前に検討していますか?
☐ 制度変更時に十分な周知や説明を行っていますか?
☐ 顧客サービスへの影響まで考慮していますか?
☐ 教育担当者の目標は明確ですか?
☐ 評価基準やフィードバックの機会を設けていますか?
☐ 制度や教育マニュアルを定期的に見直していますか?
☐ 現場の意見を改善に反映する仕組みがありますか?
☐ 「仕組みを作ること」ではなく、「運用し、改善し続けること」が組織文化になっていますか?
おわりに
大学院では「責任と権限の一致」「人材マネジメント」「組織設計」といった理論を学んでいます。
しかし、それらは教科書の中だけの話ではありませんでした。
今回の経験を振り返ると、「教育がうまくいかなかった」のではなく、「人が育つための仕組みを、どのように設計し、運用し、改善していくか」という組織マネジメントの課題だったと捉えています。
中小企業では、経営者や管理職が人材育成を担う場面が多くあります。
だからこそ、「誰を育てるか」だけではなく、人が育つ仕組みをどう設計し、運用し続けるかという視点が、組織の持続的な成長につながるのではないでしょうか。